頼重院(らいじゅういん)

※写真提供:諏訪市観光課・長野県観光協会 頼重院の巨石

頼重院

頼重院(らいじゅういん)は諏訪頼重の菩提寺です。
天文11(1542)年7月、諏訪頼重は武田信玄に攻められて桑原城に敗れ、甲府の東光寺で自害しました。
墓は東光寺(甲府市)にありますが、この地に菩提寺として頼重院が建立されました。


頼重院

(頼重院案内板より)
天文11年(1542年)7月、諏訪頼重は武田信玄に攻められて桑原上に敗れ、甲府において自害した。
墓は東光寺(甲府市)にあるが、この地に菩提寺として頼重院が建立され、境内には宝塔をたてて中に宝篋印塔(ほうきょういんとう)を納めその霊を供養した。
境内にはこのほかにも古い墓碑が多く見られる。
(右の写真は新田次郎の歌碑です。)


小説「武田信玄」の著者新田次郎の「陽炎や頼重の無念ゆらゆらと」と刻まれた歌碑や頼重公の怨念のために大きな石が7つに割れてしまったと言われる巨石もあります。
「諏訪家」の墓碑もありましたが、さすがにお墓を写真に撮るのは・・・と気が引けてしまったのでこの写真はありません。

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頼重院

頼重院外観頼重院写真2頼重院写真3

頼重院(らいじゅういん)は諏訪頼重の菩提寺です。

四賀神戸にある曹洞宗の古刹で神向山頼重院という。諏訪頼重が甲府で自刃した際、密かに遺髪を持ち帰りここに供養塔を建てて菩提を弔ったと伝えられています。
現在境内にある供養塔が諏訪頼重のものかどうかは定かではないが、諏訪地方最古の様式で建てられており、市の文化財に指定されています。
※お問い合わせ先:諏訪市観光協会 0266-52-4141

住所諏訪市大字四賀神戸3433
電話0266-52-4141
駐車場あり